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一年の大切さ

12月に入ったとおもったらもう中旬になります。また一年を振り返る時がやってきました。何をしただろう? 何があっただろう? 2年くらいはコロナに振り回されていましたが、3年目ともなると、もうそろそろ行動に移さないと時間ばかり過ぎ何も残らず終わ...
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11月に想うこと

昔のある会話から・・・。私(大谷)「19??年、20才の時、クルマの免許を取りました」有美さん「ヘエ~、私その年に生まれました。」改めて年齢差を実感した時でした。清美さん「あなた海苔巻きは上手に巻くのに     どうしてロット巻(パーマ時、...
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病は食から

数日前の昼食の時のこと…風邪気味だった私のお弁当は、ケチャップ味のスパゲッティナポリタン。昔ながらの味、この味で思い出すことが一つあります。数年前の2月、お店のイタリア旅行が二週間後に控えていました。時期的にインフルエンザが流行る頃、見事に...
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平凡だった私

私の幼少期は、今思えば自分の意志はあまりなく過ごしていたかもしれません。お客様のお子さんたちはしっかり考えがあり、髪型にしても自分でこうしたいという意思がはっきりしています。そしておしゃべりも、私が子供の頃にはそんな言葉すら知らなかった単語...
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邂逅

ある日、こんなことがありました。お客様との会話です。「大谷さん、お生まれは何処?」「はい、ホンゴウです。」「えぇ~・・・」私の顔をじぃ~っと見つめるお客様。「東京」とお答えすれば良かったのです。「ホンゴウ」が「ホンコン(香港)」と聞こえたようです。笑いました。私、生まれは本郷菊坂町です。生まれて20才まで過ごし、四ツ谷・小金井と移り住み現在に至ります。本郷と言えば東大があります。確か、将軍の娘の結婚先だそうでその娘の為”赤門”が作られ、一躍有名になりました。銀杏並木を進むと三四郎池があり、(本来、入ってはいけないところ)よく遊びました。時折、守衛さんに注意され、逃げ回ったものです。「本郷もかねやすまでが江戸の内」川柳として誰もが知っている小間物屋さんがあります。綺麗な品々が飾られ、欲しくてよく見に行ったものです。菊坂は樋口一葉・夏目漱石・石川啄木などが住居を構え文豪が住んでいたところで「文人の町」として、今は、文学行脚の町となっています。私の住んでいた近くに樋口一葉の住居があります。当時、一葉が使っていた井戸は今では丁寧に柵で囲われ残っています。ここは菊坂下町です。菊坂上町にはその一葉がしげしげと通っていた伊勢谷(質屋)があります。今にも倒れそうに傾いていますが現在は区の文化財として保護されています。その向こうには今は跡だけになっていますが「本郷菊ホテル」が当時としては珍しい洋館で多くの文化人が宿泊されたそうです。この辺りは戦争の被害がなく町の様子が当時のままいたるところに残されており、そぞろ歩きしても趣のあるところです。落語によく出て来る長屋も昔のままです。映画の撮影(ロケ)にもよく来ていました。夏目漱石の「三四郎」、森鴎外の「雁」、池部良、森雅之、高峰秀子、山本富士子と言った俳優さんもよく見かけました。菊坂上町に、古道具やの藤田さんのお家があり、そのおじさんは柔道家でちょっとした捻挫など、即、治してくださいました。何年か前、懐かしくて、夫と一緒にこの界隈を歩きました。「あっ、藤田のおじちゃん!!」懐かしくて大声で駆け寄りました。その彼「あなたの知っているおじちゃんは私の父です」と。・・・あまりにも似ていましたが当然のことですね。そんな光景を傍で見ていた夫はまるで映画のワンシーンみたいだと言っておりました。司馬遼太郎の「本郷界隈」も懐かしくて読みました。次、訪ねるのはいつになりましょうか・・・。                  大谷